日本語の各母語方言

 台湾人で東京外大で台湾人の発音の矯正について修論を書いた人が日本語教師に応募してきた。その修論はたいへん興味深く、私はあちこちに付箋を付けながら注意深く読んだ。

 その人と話していて清音と濁音の発音の区別について話が及んだ。その人は言った。

 「台湾人はスとスの違いを発音するのは難しいんですよね。」

 私は思わずその人の顔を見た。彼女は「スとズの違い」と言いたかったのだった。

 ことほどさように発音の矯正は難しい。発音の矯正について専門的に研究した人でさえできないこともある。外国語の学習で、目標言語の発音体系の修得はその言語を学び続ける限り課題となる。初級の段階で全体の発音の「荒っぽさ」の影に隠れていたことが中級では問題となる。発音の学習は「逃げ水」のようで際限がない。

 ただ、最終的にネイティブ並みを目指す必要はない。外国語の発音に残された母語の影響…それはその人の外国人としてのアイデンティティの表現である。グローバリゼーションが進行し、日本語が国境の外に出ていく時代、日本語の各母語方言があってもいい。