モナ

 エジプト人の学生で私によくなついた子がいた。名を仮にモナとしよう。モナは日本語学科の学生で優秀な子だった。ヒガーブ(頭覆い)を被っているのは、うちが保守的なことを意味した。どんなときも長袖、スカートはくるぶしまで。手と顔以外の肌は人目に晒さない。でも、とても活発な子だった。あるとき、彼女と彼女の友達と彼女のお母さんを車でうちに送ったことがある。そのとき、彼女と友達はボーイフレンドのことを日本語でずっと話していた。お母さんは二人で日本語を勉強していると思ってニコニコしている。私は二人の「狡賢さ」にニヤニヤした。

 モナは国際交流基金のプログラムで2ヶ月ほど日本へ行った。エジプトに帰ってきたモナに、私が初めて会ったのは日本語関係の何かの会合だった。私を見つけ、遠くから手を振りながら私のところに走ってきた。そして、息を切らしながら、私の耳元にささやいた。「ねえ、先生!私、日本でとっても悪いことしちゃった!今、忙しいから後で話すね。だれにも言っちゃだめだよ!」

 私は、娘の行状を心配する保護者のような気持ちだった。いったいあいつは何をしでかしたんだ?「衝撃の告白」を予期して、私の不安はつのった。しばらくして、手伝いから解放された彼女を人の目を引かないところに連れて行き、何をしたのかと尋ねた。

 「あのね、私、タバコ吸っちゃったの。それからね、男の子とダンスしちゃったの!」彼女は上気した顔で答えた。

 私は拍子抜けしたが、信頼しきって私を見つめるモナの視線がまぶしくなり、「そうか、それは悪いことしちゃったな」と言った。

 モナは素直にうなずいた。