政府専用機

ブルネイ(首都はバンダル・スリ・ブガワン)では日本大使館の中に執務室があった。だから、大使館の業務がとてもいそがしいときは、そちらの仕事を手伝った。
 いちばん忙しかったのは、橋本元首相が政府特使としてブルネイに来たときだった。私は元首相が泊まるホテルで準備を続け、結局一睡も出来ないまま当日を迎えた。あと30分で到着、特別機は着陸態勢に入った、とニュースは刻々入ってくる。間もなく着陸するという知らせを聞き、私はホテル2階の事務局で仕事の手をちょっと休め窓の外を見た。そのホテルは空港に近く、着陸直前の飛行機が窓のすぐ外を飛ぶ。
 すぐに水平尾翼に大きな日の丸が描かれた日本政府の特別機が着陸していくのが見えた。「いよいよご到着か。」と私は思い、また自分の仕事を始めた。
 それからほんの数分後、何かの気配を感じて、ふと窓の外を見ると、さっき着陸したはずの政府専用機がまた着陸していく。
 私は自分の目を疑った。さっき私は特別機が降りたのを見た…と思う。それなのになぜまた同じ飛行機が降りていくのだろう?
 疲れ過ぎて幻でも見たのか?
 気味が悪くなってロジ担当の館員のところに行き、深刻な顔で私の見たことを話した。
 私の話を聞いたとたん、その人は無遠慮にゲラゲラと笑い出した。いつもは穏やかなやさしい人なんだが、私の深刻な顔がよほどおかしかったのだろう。
 その人が教えてくれた。
 「あのね、特別機はいつも2機で飛んでるんです。1機は予備機。万が一片方が故障しても大丈夫なように、必ず2機で飛んでるんです。だから、心配する必要なんかないですよ。ほんとに2機飛んできたんですから!」
 なあんだ。誰もそんなこと教えてくれなかった!