フライトがない!

 エジプトに赴任していたとき、ほぼ2年ぶりで日本に一時帰国することになった。フライトはルフトハンザ。フランクフルト経由で東京へ帰るようになっていた。カイロは朝4時発。私は午前2時過ぎに空港に来た。
 航空会社のカウンターの入口でチケットを見せると係員がそれを凝視し、ちょっと上ずった声で言った。「どうしてこのキップを持っているんだ?このフライトは1ヶ月も前にキャンセルされたぞ!」
 「どうして持ってる?」と言われたって困る。旅行会社からもらっただけだ。係員は言った。「ルフトハンザの担当者が午前4時に来ることになっているから待っていてくれ。」
 仕方なく2時間待った。そして午前4時、担当者が来た。私と同じようにキャンセルされたフライトの航空券を持った客が数名集まった。
 私も猛然と抗議した。そうしたら、この担当者が「ちょっと待て」と言って、あちこちに猛烈な勢いで電話をかけ始めた。しばらくして、まだ電話しながら私のほうを見て、にやっと笑う。何かいいニュースか?
 彼は電話を切り、それからこう言った。「あなたは日本へ帰れる。いいか。まず、ここからアリタリアでミラノへ行け。そして、ミラノでまたアリタリアに乗ってフランクフルトへ行け。それでフランクフルト発のルフトハンザ東京行きに間に合う。ただし、ミラノでのトランジットは30分しかないから急げ。ここでもアリタリアのフライトまであと40分しかないから急いでくれ。荷物は?」
 荷物を預け、私は大慌てでイミグレを通過、アリタリアのフライトに乗った。
 ミラノでは飛行機はターミナルに直接横付けするのではなく、外に駐機した。乗客はタラップを降り、バスに乗せられた。ミラノはマイナス5度で、そんなことになると予想していなかったシャツ1枚の私は震え上がった。
 それから、はじめて来た空港で、フランクフルト行きの飛行機を探して、私は走った、走った、走った。
 私が乗り口にようやく着いたときにはその飛行機はまさに出発しようとしていた。係員に急かされ、飛行機に飛び乗る。私の背中で扉が閉められた。フランクフルトでは十分なトランジットの時間があるので、私はようやく安心して座席に体を埋めた。
 とんでもない日だった。私はカイロで日本へ帰るのをあきらめかけ、次にはミラノで、また同じことを考えた。

 一人で旅をしていても、ふつうはすべてスムーズにことが運ぶ。でも、たまにはこういうことがある。