N先生

  N先生はロシアを代表する日本学者である。私は、博覧強記の同教授に深い敬意を払った。

 あるとき、私はN先生が行った講義の直後に教室に入った。私の顔を見て、N先生は黒板の日本語を消し始めた。最初はなにも考えなかったが、N先生が困ったような表情を浮かべ、急いで板書を消している様子を見て違和感を持った。その場のコンテキストから、N先生はネイティブの私に自分の板書を見せたくなかったのではないかと思った。日本文化、思想に深い知識と見識を持つN先生のような大御所ですら、ネイティブ・コンプレックスを持っているのかと意外だった。