この岩山を毎日越えた

 パプアニューギニアは日中とても暑いので学校は朝7時に始まる。私は毎朝5時半、まだ暗いうちにポートモレスビーの家を出て、車で学校へ向かった。最初の15分ほどは市街地を行く。次はサバンナ、潅木のところどころにユーカリが生えている乾燥地を行く。ユーカリの葉はまるで枯れているようにチリチリだ。道は真東に向かうので、ちょうどフロントガラスのど真ん中にある朝日が私の目に刺さってくる。

 サバンナを15分ほど行くとこの岩山が見えてくる。ここを一気に上ると左に大きな滝が見える。そこが頂上。そこから九十九折の道を下っていく。底には緑色の川がある。熱帯の川。椰子が生えている。川面すれすれにかかっている小さな石橋。そこから先は植生がはっきりと変わる。多雨のジャングル。ここまで来ると学校まではあと5分ほど。

 私は、車を運転しながら、よくモーツァルト弦楽四重奏曲「狩」を聞いた。典雅なつづれ織りのような名曲。今でもこの曲を聴くと、サバンナの情景が生き生きと蘇ってくる。ちょっとしたミスマッチ。

 ある日、激しいスコールの中を自宅に戻ろうと、岩山の道を通っていた。山中の曲がり角を曲がると、目の前の道が川になっていた。その道は岩山の中腹にあり、上から滝となって流れてくる水が、道を流れ、そこからまた下に流れていく。道の下は数百メートルの断崖。落ちたら命はない。私は一瞬どうしようと思ったが、進むしかない。意を決して前進し、水の流れを横切って安全なところまで行きつくことができた。安全なところまで行きつくと車を止め、深呼吸をした。しばらく動けなかった。