パルミラ


 パルミラはシリア北部のオアシスにあるローマ時代の遺跡である。砂漠の中にオアシス都市全体が廃墟となって残っている。私がここに行ったのは2001年のニューヨークのテロ直後で、中東からは外国人観光客の姿が消え、遺跡の中に作られたホテルの泊り客は私だけだった。夜、従業員はみんな近くの自宅に帰ってしまい、私一人だけがホテルに泊まった。その夜、ホテルで不思議な経験をした。

 風が強く、ビュービューいう音が部屋の中にまで響いてきた。私は疲れていたがなかなか眠れず、真っ暗な部屋でベッドに横たわったままじっとしていた。

 どのくらい時間が経ったろうか、私はいつの間にかウトウトしていた。やがて目が覚めた。そのとき私はたくさんの人たちが笑いさざめきながら歩いていく物音を聞いた。夜中のこんな時間に不思議だなあと思った。意識はあるのだが体は動かず、また動かす気にもならず、ただその音を聞いているだけだった。それからまもなく、また寝入った。

 翌朝、朝食で下に下りて行った時、従業員に私の経験を話した。彼は、物知り顔にニヤッとした。私は、もっと説明を求めようとしたが、やばそうだと思い直し、黙ったままコーヒーを飲んだ。